No.02899 Re: コイン投げの実験について 【takahashi】 2007/03/01(Thu) 18:34
>「同じコインを3回投げること」,「異なる3枚のコインを1回ずつ投げること」,「異なる3枚のコインを3枚同時に投げること」はそれぞれ異なる種類の試行ですが,その結果は同じものとして扱って良いのでしょうか?
各試行(1枚のコインを1回投げること)が独立であれば,同じです。
>例えば3枚同時に投げた場合において,「2枚表である」という出来事は{HHT, HTH, THH}のようでありますが,HHTとTHHは同じもとのしてよいのか,それともそれぞれ異なるコインなのだからHHTとTHHは異なるものとするのか?
同じコインと考えるなら同じもの,異なるコインと考えるなら異なるものです。
> なぜこのような疑問を持ったかというと,厳密にいえば「3枚のコインを同時に投げて,同時に地面に落ちる」ということは在りえない事ではないかと考えたか らです。A,B,Cというコイン(どれも10円玉)を同時に投げても,0.002秒Aのコインの方が早く手から離れて他のより速く地面についたかもしれな い。。。そう考えると,1回目,2回目,3回目と順番に投げたことになるのではないでしょうか?
時間は無関係。要は,独立かどうかの問題です(おいちょかぶの3枚目の話も,そういうことです)。
No.02900 Re: コイン投げの実験について 【波音】 2007/03/01(Thu) 18:35
ちょっと要約して問題を単純にいうと
「3枚とも表である確率」と「3回続けて表である確率」は違うのか?
ということです(3枚ともFFFであることと1回目F,2回目F,3回目Fであることの違いはなにかということ)。
{FFT, FTF, TFF}という出来事について,
・3枚同時に投げたと考えればどれも同じ結果である。
・3回続けて投げたと考えればどれも異なる結果である。
となりますが,実際的に3枚同時に投げることなど不可能では?
No.02901 Re: コイン投げの実験について 【波音】 2007/03/01(Thu) 18:44
takahashi先生,早速の回答ありがとうございます。行き違いで新たな投稿をしてしまったようです。
な るほど,それぞれが独立であるかどうかという点が問題であって,時間的なことは関係ないのですね。つまり「3枚同時にコインを投げて3枚とも表である確 率」も「3回続けてコインを投げて1回目に表,2回目に表,3回目に表が出る確率」も独立であれば同じことなわけですね。
> 3枚ともFFFであることと1回目F,2回目F,3回目Fであること
表はHですね。間違ってしまいましたので,訂正します。
No.02903 Re: コイン投げの実験について 【青木繁伸】 2007/03/01(Thu) 20:56
同じコインということですが,見た目が同じ,性質も同じでしょうが,たとえば汚れとか製造年で区別はできる。
2個のサイコロを投げるとき,同じ色のサイコロを投げると,目の出方が 2,3 も 3,2 もちょっと見では区別できませんね。
もし,二つのサイコロが赤と青なら 赤2;青3 と 青2;赤3 は明らかに区別できます。昔のばくち打ちは,丁半博打(二つのサイコロを投げて,出目の和が偶数(丁)か奇数(半)かを賭ける)で,丁が有利だと信じていた。
色の違う2つのサイコロを同時に投げて出目の和の分布をとっても,一つずつ投げても2つの出目の和の分布をとっても,赤いサイコロを二回投げて出目の和の分布をとっても,青いサイコロを二回投げて出目の和の分布をとっても,同じ結果になりますね。
和をとる2つの出目が互いに独立だからです。
No.02905 Re: コイン投げの実験について 【青木繁伸】 2007/03/01(Thu) 21:07
丁が有利だという根拠は,以下のように考えていたからである。
No.02906 Re: コイン投げの実験について 【takahashi】 2007/03/01(Thu) 21:16
丁半の話は面白いですね。
さらに面白いのは,誤った信念を持って丁に賭け続けていても,別に損はしない,という一見パラドックスみたいなところ。
全然関係ないんですが,青木先生の綺麗な表は何のソフトを使って作成されているのでしょう?
No.02908 Re: コイン投げの実験について 【青木繁伸】 2007/03/01(Thu) 22:34
Keynote という,Windows の powerpoint に相当するソフトです。
講義用のスライドの一部分のスクリーンショットを撮ってアップロードしました。
No.02910 Re: コイン投げの実験について 【波音】 2007/03/01(Thu) 23:42
> 丁が有利だという根拠は,以下のように考えていたからである。
なんでそんな風に考えていたのでしょう。もっとも,足し算という概念が無ければ「偶数になる組み合わせ」など分からなかったのでしょうね。江戸時代ならもちろん,戦後でも尋常小学校中退などという人はこれに当てはまるのかもしれませんし。
でも,博打打ちはいわゆる怠け者なのに勝つために色々考えたりなどして,まさに怠惰もとめて勤勉に行き着くというやつですね。
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